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神戸地方裁判所 昭和32年(モ)1108号 判決

債権者 国

訴訟代理人 今井文雄 外四名

債務者 エム・シー・シー食品株式会社

主文

債権者のため金二、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として、当裁判所が債権者、債務者間の昭和三二年(ヨ)第二六六号事件につき同年六月一三日なした仮差押決定は、これを取り消し、債権者の仮差押命令申請を棄却する。

訴訟費用(異議申立前の分をも含む。)は、債権者の負担とする。

この判決は、第一項中仮差押命令の取消を宣言する部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一  債権者の求めた判決

債権者訴訟代理人は、

「主文第一項掲記の仮差押決定は、これを認可する。」

との判決を求めた。

二  債務者の求めた判決

債務者訴訟代理人は、

「右仮差押決定を取り消す。

債権者の仮差押命令申請を棄却する。」

との判決を求めた。

三  申請の理由

債権者訴訟代理人は、申請の理由として次のように述べた。

「(一) 債権者国は、申請外兵庫罐詰工業株式会社(以下単に『兵庫罐詰』ということがある。)に対し、

(1)  昭和二九年二月二七日現在で納期限の経過した源泉所得税、法人再評価税及び砂糖消費税、並びに、これらに対する利子税及び延滞加算税として、内訳別紙(一)記載のとおり合計金一、三〇一、六三九円の租税債権

(2)  債権者が食料品配給公団から譲り受けた罐詰払下代金合計金九、二六四、四六三円の債権

を有している。

(二) しかるところ、兵庫罐詰は、これらの債務の弁済に充てるに十分な資産がなく、昭和二八年末頃から滞納税金と罐詰払下代金の双方について各主務官庁よりの支払の請求が厳しくなつたため、国税局の係員に対しては延納或は分納を申し出るなどして滞納処分の猶予を求め、財務局の係員に対しては、払下代金につき毎月金一〇〇、〇〇〇円ないし金二五〇、〇〇〇円ずつの分割弁済を約し、これについて起訴前の和解をなすことに同意するなど、一時を糊塗するかたわら、兵庫罐詰の役員等において別途事業内容を同じくする第二会社を設立し、これに兵庫罐詰所有の事務所及び工場施設の全部を賃貸し、その余の全資産を譲渡することを企てた。かくて債務者会社が昭和二九年一月二九日設立され、その代表取締役は兵庫罐詰の代表取締役水垣敏正が兼任し、かねての計画どおり兵庫罐詰からの借受施設と譲受資産をそのまま利用して操業を開始した。かようないきさつで兵庫罐詰は、租税債権については滞納処分による財産の差押を免れるため故意に、罐詰払下代金債権については債権者を害することを知りながら、

(1)  昭和二九年二月五日、別紙(二)A欄記載のとおり同会社所有の製品及び原材料の全部(価額合計金六、九四二、〇三五円相当)を債務者会社に譲渡し

(2)  同月二七日、同別紙B欄記載のとおり同会社保有の売掛金及び前払金債権の全部(合計金五、一五七、四七〇円六三銭)を債務者会社に譲渡し

たものである。債権者が詐害行為として取消を求めるのは、以上の各財産譲渡に限るのであるが、なお、兵庫罐詰は、別紙(三)記載のとおり工具器具備品、長期投資金、現金、預金債権、建物及び機械装置を含む残余の全財産をも右各年月日及び昭和三一年二月二一日の三回に分けて債務者会社に譲渡した。

元来詐害行為の目的たり得る財産は、一般債権者に対する責任財産を構成する限り、動産たると不動産たると、また、物権たると債権その他の財産権たるとを問わないのであるが、兵庫罐詰は、その一般債権者に対する責任財産をことごとく債務者会社に譲渡したことになるわけである。なお、兵庫罐詰がもと所有していた三筆の建物とその内部に備付の機械類は、前記昭和二九年二月五日及び同月二七日の財産処分の対象からは除外されていたのであるが、これらの物件には、その合計評価額以上の額の債務のため抵当権が設定されており、しかも、右抵当権は、債権者の有する国税債権の納期限の一年以上前に設定され、これに優先するものであるから、一般債権者に対する責任財産としての価値を認めることはできない。

債務者は、その譲受財産の内製品及び原材料は、兵庫罐詰の棚卸表に記載された価額合計金六、九四二、〇三五円をもつて有償譲渡を受けたもの、売掛金及び前払金債権合計金五、一五七、四七〇円六三銭の譲受については、右と同額の兵庫罐詰の債務を引き受けたものであるから、結局これによつて兵庫罐詰の一般債権者に対する責任財産が減少したわけではないと主張しているけれども、債務者会社が右譲受に際し対価として現金で支払つたのは、製品及び原材料の代金のごく一部である金四〇六、〇〇〇円だけであつて、残余については、債務者会社においてその帳簿価額とほぼ同額の兵庫罐詰が負担する手形金又は買掛代金債務の履行を引き受けたにすぎず、これによつて兵庫罐詰が債務の免責を得たわけではないから、右債務者の主張は、失当であると考える。しかも、右履行引受にかかる取引の相手方は、おおむねあらたに発足した債務者会社においても引き続き取引の継続を希望するところに限られており、債務者会社が支払わないときは将来の買掛先を失うことになるため、やむを得ずその履行を引き受けたものである。すなわち、右債務の履行引受は、いわば兵庫罐詰と債務者会社との間の営業譲渡に伴う一種の営業権確保のための措置であつて、その履行引受にかかる債務は、譲受資産の対価というよりはむしろ営業権の譲渡に伴う負担たる性質を有するものといえよう。債務者がその主張のように兵庫罐詰から製品、原材料、売掛金等を正当な価額の反対給付をもつて譲り受けたというのであれば、同時に現金や銀行預金債権を譲り受けたことも、その後昭和三〇年八月末までに兵庫罐詰の支払手形金一、四八五、〇九九円、銀行短期借入金一、七八〇、〇〇〇円、買掛金一、二四六、〇一〇円等を事業継続のため必要であるとして立替払したことも、その理由を理解するに苦しまざるを得ない。要するに、兵庫罐詰は、将来の営業活動に必要な取引先でないところの債権者との関係においては、滞納処分ないし強制執行を免れる意図のもとにその資産を債務者会社に譲渡したものであつて、かかる譲渡行為は、強度の詐害性を有するものといわなければならない。

さらに、兵庫罐詰と債務者会社の代表取締役を水垣敏正が兼任していることは、前述のとおりであつて、債務者会社としては、もとより債権者を害することを知りながら兵庫罐詰の資産を譲り受けたものである。

(三) よつて、債権者は、前記租税債権に関しては国税徴収法第一五条により、公団罐詰払下代金債権に関しては民法第四二四条により、兵庫罐詰が債務者に対してなした昭和二九年二月五日の製品及び原材料の譲渡行為、並びに、同月二七日の売掛金及び前掛金債権の譲渡行為の取消を求め(ただし、前払金債権の譲渡については、当時の債権者の債権額金一〇、五六六、一〇二円から製品及び原材料の総価額金六、九四二、〇三五円並びに売掛金債権額金一、〇九七、四七〇円六三銭を差し引いた金二、五二六、五九六円三七銭を限度として取消を求める。)、かつ、譲渡の対象となつた製品及び原材料は、その後債務者会社において他に処分し又は費消し、売掛金債権及び前払金債権は、債務者において弁済を受け終つて消滅に帰し、いずれもその取戻ができないものであるから、これに代えて相当額の損害金一〇、五六六、一〇二円の支払を求めるため、昭和三二年六月一三日債務者会社を被告として詐害行為取消訴訟(同年(ワ)第五三八号事件)を提起した。もつとも、本件において債権者が仮差押の被保全権利として主張するのは、右の内金六、〇〇〇、〇〇〇円だけであつて、その内訳は、同金額を債権者の兵庫罐詰に対する租税債権と公団罐詰払下代金債権に按分し、さらにこれを各詐害行為の取引別に分けたところの別紙(四)記載のとおりである。

(四) ところで、債務者会社の現に保有する財産中には別紙(三)C欄記載のとおり昭和三一年二月二一日兵庫罐詰から譲り受けた建物及び機械装置が存在するけれども、これらの物件には、その評価額を上廻る額の債務を担保するため債務者の租税債権にも優先する抵当権が設定されていることは、前述のとおりであるから、その責任財産としての価値を認めがたいのみならず、過去における兵庫罐詰、債務者会社間の詐害的取引の経緯にかんがみ、ことに両会社の代表取締役が同一人であることに照らし、債務者会社は、債権者からの強制執行を免れるためその余の保有財産をも隠匿するおそれなしとしない。

(五) よつて、債権者は、前掲被保全権利なる金六、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償請求権についての強制執行を保全するため、債務者の財産に対する仮差押命令を申請したものであり、本異議訴訟においては、右申請を認容してなされた仮差押決定の認可を求める次第である。」

四  債務者の答弁と抗弁

債務者訴訟代理人は、答弁及び抗弁として次のように述べた。

「(一) 債権者国が申請外兵庫罐詰工業株式会社に対し債権者主張どおりの金額、内容の租税債権及び罐詰払下代金債権を有していること、債務者が右会社から債権者主張の各年月日にその主張どおり同会社の財産を譲り受けたこと、右譲受当時債務者会社と兵庫罐詰の代表取締役を水垣敏正が兼任していたことは、これを認める。

(二) しかしながら、兵庫罐詰の債務者に対する財産譲渡が、租税債権については滞納処分による財産の差押を免れるため故意に、罐詰払下代金債権については債権者を害することを知りながらなされたものであるという債権者の主張は、これを争う。この点に関する債務者の主張は、左のとおりである。

(イ)  昭和二九年二月五日における製品及び原材料の譲受について。

債務者が同年月日兵庫罐詰から譲り受けた製品、原材料の品目、数量は、債権者の主張するとおりであるが、これらの物件は、右譲受直前の同年一月三一日現在で作成された兵庫罐詰の棚卸表に掲げられている全製品及び原材料から、既に使用不能となつた製品と誤記の分を除いた全部であつて、その買受代金の合計額は、右棚卸表記載どおり金六、九四二、〇三五円一七銭であり、右売買取引は、客観的に見て極めて正当な価格で行われたものと考える。そして、債務者は、右売買取引のなされた日に前記買掛代金中金四〇六、〇〇〇円を現金で支払い、金六、四一八、〇三六円については、別紙(五)記載のとおり兵庫罐詰が各取引先に対する買掛代金の支払のために振り出していた約束手形の各満期日にその支払をなすことにより完済し、残額金一一七、九九九円一七銭については、同年三月一二日、兵庫罐詰の債務者に対する売掛代金債権として大阪国税局から滞納処分により差押を受けたので、債務者において同年四月一五日右国税局に右金額を納入することにより兵庫罐詰に対する義務を果したのである。

(ロ)  昭和二九年二月二七日における売掛代金債権の譲受について。

債務者は、債権者の主張するとおり同年月日兵庫罐詰から合計金一、〇九七、四七〇円六三銭の売掛代金債権を譲り受けたのであるが、その対価として債務者は、同日兵庫罐詰の申請外川勝製罐株式会社に対する同年一月三一日現在の買掛金債務金一、四九一、五八一円二〇銭を引き受け、かつ、右の旨を同会社に通知し、同会社においてもこの債務引受を承諾したので、同年三月三一日に右買掛金を完済した。かように債務者が兵庫罐詰からの譲受債権より多額の債務を引き受けたのは、左記のような事情に基くものである。兵庫罐詰は、昭和二八年度第一二決算期(昭和二七年九月一日から昭和二八年八月三一日まで)において、昭和二六年以降の繰越欠損金をも含めて合計金約四〇、〇〇〇、〇〇〇円の欠損を生じた(その主たる原因は、当時の一般経済界の不振に違いないが、右欠損金中金約五、〇〇〇、〇〇〇円は、債権者が主張する被保金権利の一部の発生原因をなしているところの、兵庫罐詰が食料品配給公団から罐詰の払下を受けたことに基因するものである。)ので、結局金約一八、〇〇〇、〇〇〇円の債務超過となつた。かかる事態に立ち到つた以上、もとより適当な融資先があるはずもなく、兵庫罐詰の再建は、到底見込がないと思われたので、この際別の会社を設立して収益をあげ、兵庫罐詰を漸次清算の方向にもつてゆくことにより、その会社債権者の損害を最小限に止めるに若くはないとの結論に到達した。債務者会社が設立されたのは、かような理由に基くものであり、また、この間の事情は、当時逐一大阪国税局に報告していたのである。したがつて、債務者会社は、兵庫罐詰からの譲受債権額以上の債務を引き受けた上、現実にも経営可能の範囲内においてできる限りその引受債務の弁済を続けて来たものであり、右の結果債務者会社の兵庫罐詰に対する勘定は昭和二九年三月三一日現在において金約六〇〇、〇〇〇円、最近の決算では金約五、〇〇〇、〇〇〇円の過払を示しているのである。

(ハ)  昭和二九年二月二七日における物件引渡請求権の譲受について。

債務者が同年月日兵庫罐詰から譲り受けた金四、〇六〇、〇〇〇円の物件引渡請求権というのは、当時同会社が『福美リンゴ加工場』を経営する申請外福士明との間の売買契約に基き同人から継続的に納入を受けることになつていたリンゴボイル製品の引渡請求権のことであつて、兵庫罐詰は、別紙(六)記載のとおり右納品に応じてその代金支払のため約束手形一一通を振り出していた。したがつて、債務者は、兵庫罐詰から右物件引渡請求権を譲り受けると共にその代金支払債務をも引き受け、右につき福士明の承諾を得ると共に、前記支払手形については、各支払銀行(神戸銀行信託部、住友信託銀行神戸支店及び協和銀行神戸支店)に対し債務者会社の預金口座で直接処理するよう通知して、その了解を得た上、各満期日にその支払を終えた次第である。

そもそも債務者のなしたある法律行為がいわゆる詐害行為であるというためには、第一に、その法律行為が客観的に債権者を害するものであることを要し、第二に、債務者及び受益者又は転得者に悪意のあることが必要であるところ、本件の事案において兵庫罐詰から債務者に対してなされた財産処分行為が右のいずれの要件をも充足しないものであることは、前に詳述した事実関係からしておのずから明らかであろう。

まず、本件の財産処分行為が客観的に見て詐害性を有するかどうかは、無資力である兵庫罐詰の一般財産が右財産処分によつて減少したかどうかの点から判断すべきものである。ところで、詐害行為取消権の制度は、債権者保護のため設けられたものであるが、この取消権の行使によつて債務者以外の第三者が不測の損失を被ることが多く、その適用の如何によつては債務超過の債務者の財産整理を不可能にし、その経済的更生の途を閉ざすことにもなるので、右の詐害性の有無に関する判断は、特に慎重になされねばならない。しかるところ、兵庫罐詰の債務者に対する製品及び原材料の売却について考えると、右売却の対象となつたのは、兵庫罐詰が当時所有していた製品及び原材料の殆ど全部であるが、前述のとおり、当時同会社は、既に営業行為を停止していたので、右売却によつて会社債権者に対する弁済の資を得ようとしたものであり、したがつて、その売価は、極めて妥当な額に定められ、兵庫罐詰の資産からは有体動産がなくなつたけれども、その代り債務者会社に対する代金請求権の増加を見ており、結局兵庫罐詰の一般財産の価値には減少がなかつた。もしこのような相当の価格による動産の処分をも詐害行為であるとするならば、債務超過に陥つた債務者は、いたずらに手をこまねいて債権者からの強制執行を待ち、倒産の途を辿るの外はなくなるといわねばならない。これと同様のことは、兵庫罐詰、債務者会社間の債権譲渡についてもいえるであろう。兵庫罐詰が債権譲渡をしたことは、一面において積極財産の減少であるが、他面において債務引受をして貰つただけ消極財産の減少を見ており、一般財産の担保価値としてはなんら減少がないことに帰着する。なお、債務者会社は、兵庫罐詰の川勝製罐株式会社及び福士明に対する各買掛代金債務の引受をしたのでなく、これらの債務の履行引受をしたにすぎないとしても、兵庫罐詰は、同額の債務会社に対する履行請求権を取得したわけであるし、まして本件の場合、兵庫罐詰の支払手形が債務者会社の銀行預金口座で処理されるよう事前の措置を講じ、かつ、そのとおり円滑に支払が完了したのであるから、兵庫罐詰の一般財産の価値に減少を招かなかつたという結論は、同じである。以上の次第で、兵庫罐詰、債務者会社間になされた財産の譲渡は、その行為自体において詐害性を欠除するものであると確信する。

さらに、右の点はしばらくおくとしても、受益者たる債務者会社は、その譲り受けた権利に対してはすべて相当の反対給付をなしており、右譲受により債権者たる国に害することがあろうとは、当時もとより考えていなかつたものである。

以上要するに兵庫罐詰、債務者会社間の財産譲渡が詐害行為として取り消さるべきものという債権者の主張は、根拠のないものである。

(三) かりに債権者の詐害行為取消権が一旦成立したことを認めねばならぬとしても、右取消権は、除斥期間の満了により消滅に帰したものと考える。

民法第四二六条の詐害行為取消権の行使期間に関する規定が、同条中に「時効ニ因リテ」という文言を包含しているにもかかわらず除斥期間を定めたものであることは、右取消権が形成権であることからして疑を容れる余地のないところである。また、国税徴収法第一五条に基く詐害行為取消権の行使期間については、同法中になんらの規定も存しないけれども、事の性質上やはり右民法第四二六条の準用を認めるのが相当であろう。したがつて、債権者が本件各詐害行為の取消の原因を覚知した時から二年間その取消権を行使しなかつたとすれば、右取消権は、同条所定の除斥期間が経過したことにより当然消滅したものといわねばならないわけである。

ところで、兵庫罐詰が昭和二八年度第一二決算期において従前から繰越欠損金をも含めて金約四、〇〇〇、〇〇〇円の欠損を生じ金約一八、〇〇〇、〇〇〇円の債務超過となつていたことは、前述のとおりであつて、右事実は、同決算期の貸借対照表上明白であるし、また、同期の決算書類に添付されている営業報告書には、兵庫罐詰が従前の営業を停止し、工場設備を他に賃貸することを主たる営業内容としてしばらく状勢を静観することになつた旨記載されているのであつて、この頃になると同会社は、既に無資力で即時解散すべき事態にあつたことが明らかである。なお、右の財務諸表及び営業報告書は、同年一〇月頃大阪国税局に提出済であり、かつ、債務者会社が設立されるについても、兵庫罐詰が多額の債務超過のため再建不可能である事情を同国税局に陳情した上、その了解を求めた事実が存在する。そして、同国税局は、その後昭和二九年三月一二日兵庫罐詰に対する租税債権にかかる滞納処分として、同会社の債務者会社に対する売掛金債権金一一七、九九〇円を差し押えたのであるが、この当時には債権者国において兵庫罐詰が無資力であることを十分に覚知しているはずであるのみならず、同国税局の係員は、右差押に際し債務者会社の商業帳簿類を詳細に調査したのであるが、これらの帳簿には本件において債権者が詐害行為であると主張している取引関係の事実が漏れなく記載済であつた。これらの事情からすれば、債権者が右債権差押に及んだ昭和二九年三月一二日に本件詐害行為の取消の原因を覚知していたものであることは、極めて明白であるといわなければならない。しかるところ、債権者が詐害行為取消権の行使と見られる本件仮差押命令の申請に及んだのは、昭和三二年六月一三日であつて、その間既に二年の除斥期間を経過しているから、右取消権は、明らかに本件仮差押命令申請前に消滅に帰しているものと確信する。

(四) 次に、民法第四二六条が除斥期間に関する規定であることは、前に主張したところであるが、かりに同条が消滅時効期間を定めたものであるとしても前段に詳述したのと同じ事実関係からして債権者の詐害行為取消権は、同条所定の時効期間が経過したことにより既に消滅に帰したものといわなければならない。

(五) さらに、本件の債務者に対する仮差押命令の申請は、強制執行保全の必要性を欠く点においても失当である。

元来仮差押が許されるのは、将来において本案判決の執行が不可能となるか、又は著しい困難を伴う虞のあるときに限ることは、多言を要しない。債務者は、本邦食品罐詰工業界における有数の会社であつて、金六、〇〇〇、〇〇〇円程度の在庫商品は、常時これを保有し、他に動産、不動産等も所有している。したがつて、債権者から本件仮差押命令に基く執行を受ける前にことさら強制執行免脱の意図をもつて財産を隠匿したこともないし、また、将来にわたつてその虞もない会社である。

(なお、仮差押の執行方法も、執行保全の必要をみたす程度で仮差押債務者に不当の損害を与えないことを旨とすべきにもかかわらず、債権者は、債務者が他にも不動産等を有しているのに、製造会社の生命ともいうべき多量の商品に対する強制執行の挙に出ることにより、債務者の信用を失墜せしめ、その経営を著しく阻害したものであつて、右は、権利の濫用であると考える。)

(六) 以上の理由により、債権者の仮差押命令申請は、失当であるから、これを認容してなされた仮差押決定の取消を求めるため、本件異議の申立に及んだ次第である。」

五  債務者の抗弁に対する債権者の反駁

債権者訴訟代理人は、債務者の消滅時効の抗弁に答えて次のように陳述した。

「大阪国税局の係員が昭和二九年三月一二日兵庫罐詰工業株式会社の滞納税金に関する調査の目的で債務者会社の帳簿類を点検したこと、右帳簿類には本件において債権者が詐害行為と主張している取引関係の事実がある程度記載されていたことは、これを認めるが、その当時既に債権者が本件詐害行為の取消の原因を覚知していたとして、同年月日から右取消権の消滅時効の期間が進行したように債権者が主張するのは、根拠に乏しいと考える。

債権者は、国税徴収法第一五条に基く詐害行為取消権の消滅時効の期間につき民法第四二六条の準用があることを認めるにはやぶさかでないが、同条前段にいわゆる『債権者カ取消ノ原因ヲ覚知シタル時』とは、債権者が単に法律行為の客観的事実を知つた時でなく、その法律行為が詐害の目的に出たことを覚知した時を意味することは、つとに判例において認められているところである。しかるに、国税局の係官が右年月日に債務者会社の帳簿を点検して知り得たのは、兵庫詰罐がその資産の一部を債務者に譲渡した事実があるということだけであつて、当時なお兵庫罐詰に残存していた売掛金債権の回収見込の有無や、同会社所有の建物及び機械類の価額がこれに設定された抵当権による総担保債権額を上廻つているかどうかといつた点までは、判然としなかつたのであるから、残存資産だけで滞納処分による租税の徴収が不可能であるとは断定しかねたし、もとより右譲渡行為が詐害の意思に基きなされたものとは、帳簿上だけでは知ることができなかつたのである。しかも、右帳簿の点検の際兵庫罐詰と債務者会社の代表取締役を兼ねている水垣敏正は、国税局の係官に対し、債務者会社が設定されて間がないため、賃料額は確定していないが、これを月額金一五〇、〇〇〇円位と定め、兵庫罐詰においてその所有にかかる事務所、工場等の建物を債務者会社に賃貸し、その賃料をもつて滞納税金を納付したい旨申し入れ、詐害の意思をもつて資産を譲渡したことを秘匿する挙に出たため、国税局においても右申入の真偽を確めるためその後の滞納税金の納付状況を見ることとしたのである。ところが、兵庫罐詰と債務者会社との間には右言明どおりの賃貸借契約がなされず、かえつて債務者会社が昭和三一年二月一八日右建物の所有権を取得した旨の登記がなされるに及び、結局前記水垣代表取締役の申入が真意でないことが判明したため、同年四月二三日、あらためて国税局係官が同代表取締役から本件詐害行為の事実にかかる顛末の説明を徴し、ここに債権者において詐害行為の要件事実の全部を知るに至つた次第である。そして、債権者は、同年月日から二年を経過していない昭和三二年六月一三日、当裁判所に右詐害行為の取消訴訟を提起し、併せて本件仮差押命令の申請に及んだのであるから、その取消権の消滅時効は、未だ完成していないものといわなければならない。」

六  証拠関係

(一)  債権者訴訟代理人は、甲第一ないし第一〇号証、並びに、同第一一号証の一及び二を提出し、証人岡田貞男及び同深田正の各証言を援用し、なお、「乙第一ないし第五号証、同第六及び第七号証の各一ないし五、同第八号証、同第一〇号証、並びに、同第一三号証の成立は、いずれもこれを認めるが、同第九号証の一ないし一〇、同第一一及び第一二号証の成立、並びに、同第一四号証の一及び二の各原本の存在と成立については、いずれも知らない。」と述べた。

(二)  債務者訴訟代理人は、乙第一ないし第五号証、同第六及び第七号証の各一ないし五、同第八号証、同第九号証の一ないし一〇、同第一〇ないし第一三号証、並びに、同第一四号証の一及び二を提出し、証人大島力太郎の証言及び債務者会社代表者水垣敏正本人尋問の結果を援用し、なお、「甲号各証の成立は、いずれもこれを認める。」と述べた。

理由

一  当事者間に争のない事実

本件において、左記(一)及び(二)の各事実は、いずれも当事者間に争のないところである。

(一)  債権者国は、申請外兵庫罐詰工業株式会社に対し、

(1)  昭和二九年二月二七日現在で納期限到来済の源泉所得税、法人再評価税及び砂糖消費税、並びに、これらに対する利子税及び延滞加算税として、別紙(一)記載のとおり合計金一、三〇一、六三九円の租税債権

(2)  債権者が食料品配給公団から譲り受けた合計金九、二六四、四六三円の罐詰払下代金債権

を有している。

(二)  しかるところ、兵庫罐詰は、

(1)  昭和二九年二月五日、別紙(二)A欄記載のとおり同会社所有の製品及び原材料の全部(価額合計金六、九四二、〇三五円相当)を、

(2)  同月二七日、同別紙B欄記載のとおり同会社保有の売掛金及び債権者のいわゆる前払金債権の全部(合計金五、一五七、四七〇円六三銭)を、

いずれも債務者に譲渡した。

二  詐害行為取消権の成否

ところで、債権者は、右二回にわたる財産譲渡が、前示租税債権との関係では国税徴収法第一五条、罐詰払下代金債権との関係では民法第四二四条により、いずれも詐害行為として取り消さるべき取引行為であると主張するのに対し、債務者は、右主張が失当であると争つているので、以下この点に対する当裁判所の判断を明らかにする。

(一)  兵庫罐詰が、これらの取引のなされる以前からかなり財産状態が悪く、負債に苦しんでいた会社であり、右苦況の時期に債務者会社の設立を見たことは、当事者間に争のないところであるが、後の判断を進める必要上、右財産譲渡のなされるに至つたいきさつと債務者会社設立の事情をより詳しく調べてみると、成立につき当事者間に争のない甲第三ないし第五号証、同第七ないし第九号証及び乙第一〇号証、記載の方式及び趣旨により成立を一応推認することができる乙第一四号証の一及び二、証人岡田貞雄及び同大島久太郎の各証言、並びに、債務者会社代表者水垣敏正本人尋問の結果を綜合すれば、左記のような事実を認めることができる。

兵庫罐詰(旧商号・兵庫県合同罐詰株式会社)は、昭和一七年四月一四日、本店を神戸市長田区苅藻通一五番地において設立された、昭和二七年一〇月三一日現在発行する株式の総数額面六四〇、〇〇〇株、発行済株式の総数額面一六〇、〇〇〇株、一株の金額金五〇円の株式会社であつて、罐壜詰の製造販売等を営んで来たものであるが、戦後食料品配給公団から払下を受けた罐詰が思うように売りさばけず、莫大な欠損を生じたことも一因で、経営状態の著しい悪化を来たした。すなわち、昭和二五年一月一日施行の資産再評価法に基く資産再評価税金約九六〇、〇〇〇円も既に支払いかね、その後の税金も滞りがちであり、前記罐詰払下代金九、二九一、八六二円八一銭については、まず昭和二六年三月二二日大蔵省管財局長から、昭和二七年三月三一日まで据置、同年四月以降昭和三二年三月まで五年間毎月金二五、〇〇〇円ずつ、同年四月以降昭和三七年三月まで五年間毎月金一三〇、〇〇〇円ずつの分割払の承認を得たものの、やはりこれを履行することができず、固定資産は、おおむね融資先に対する債務の担保に供されており、昭和二七年九月一日から昭和二八年八月三一日までの決算期の貸借対照表によると、前期からの繰越欠損金三五、八二四、四七九円五三銭、当期欠損金六、七〇二、二三八円三三銭を示すに至つた。そこで、理事者等は、同会社をそのままの形で再建することを断念し、むしろその資産をそつくり流用して第二会社を設立し、収益を挙げるに若くはないと考え、ここに昭和二九年一月二九日債務者ヱム、シーシー食品株式会社(旧商号エム、シ、シ食品株式会社)が、やはり罐壜詰の製造販売等を営業目的として、本店所在地も兵庫罐詰と同じくし、発行する株式の総数額面一六、〇〇〇株、発行済株式の総数額面四、〇〇〇株、一株の金額金五〇〇円をもつて設立されたのである。右設立のいきさつを反映して、兵庫罐詰と債務者会社の代表取締役が当時水島敏正の兼任であつたことは、当事者間に争のないところであるが、他にも両会社の取締役を兼任する者が二名、監査役を兼任する者が一名いた。右両会社間の前記同年二月五日及び同月二七日の二回にわたる別紙(二)記載の財産譲渡は、まさにかかる情勢下における新会社発足に資するところの営業譲渡の一環としてなされたものに外ならないのであるが、なおその外に、右両日にわたり別紙(三)A欄及びB欄記載のとおり兵庫罐詰保有の工具器具備品、長期投資金、現金及び預金債権が債務者会社に譲渡されたことも、当事者間に争のないところである。かくして、兵庫罐詰に残された従前からの財産として見るべきものは、工場用の建物及び機械装置だけとなつたが、これらの物件には融資銀行先に対する評価額以上の債務を担保するために抵当権が設定されているので、その一般財産としての価値を認めることはできなかつた。そして、兵庫罐詰は、これらの固定資産を債務者会社に賃貸することを営業目的とし、これによつて得られる賃料月額金三〇、〇〇〇円を唯一の収入源とする会社に性質を変容したものであるが、昭和三一年二月二一日には、右建物及び機械装置すらも別紙(三)C欄記載のとおり債務者会社に譲渡されたことは、当事者間に争のないところである。なお、兵庫罐詰は、商業登記簿上は右譲渡より以前の昭和三〇年八月四日解散したことになつている。

(二)  それでは、本件において債権者が詐害行為にあたるとしている別紙(二)記載の財産譲渡が、はたして兵庫罐詰の一般財産の減少をもたらしたものであろうか。債務者は、右譲渡が相当の対価を伴つてなされたものであるから、右一般財産の価値には変動がなかつたと主張するのであるが、債権者は、右主張が根拠に乏しいとして争つている。よつて、引き続きこの点につき考察を進めることとする。

(イ)  昭和二九年二月五日における製品及び原材料の譲渡について。

右製品及び原材料の譲渡代金が、別紙(二)A欄記載のとおりそれぞれ金三、一〇九、一一二円及び金三、八三二、九二三円(円未満切捨)、合計金六、九四二、〇三五円であつたことは、当事者間に争がなく、右代金額が特に不当に低く定められたことの疎明はない。そして、右譲渡の見返りとしては、直ちに現金四〇六、〇〇〇円だけが支払われたことは、当事者間に争がなく、なお、前掲甲第五号証、成立につき当事者間に争のない甲第一一号証の一及び二、記載の方式及び趣旨により成立を一応推認し得る乙第四号証及び同第九号証の一ないし七、証人大島久太郎の証言によれば、兵庫罐詰が別紙(五)記載のとおり買掛金の支払のために振り出したところの多数の約束手形、合計金六、四一八、〇三六円の支払は、すべて債務者会社においてこれをなす旨約定されたことが一応認められる。しかし、右手形金ないしその原因関係上の買掛金の支払に関する約定が、両会社間の単なる履行引受契約にすぎなかつたのか、それとも債務者会社において兵庫罐詰の手形金債務を重畳的に引き受けたのかは、本件の証拠上必ずしも明らかでないけれども、いずれにせよ、各取引先から兵庫罐詰に対し免責を得させる旨の意思が表示されたことの証拠はないから、兵庫罐詰の手形金債務につき純粋な意味での債務引受がなされ、各手形債権者や取引先に対する関係において兵庫罐詰の債務が債務者会社に移転したものでないことは確かである。加うるに、右製品及び原材料の譲渡代金中金一一七、九九九円については、譲渡当日までにその支払のための手段が講ぜられたことを窺い知ることができない。したがつて、右に記述したところだけから考える限り、兵庫罐詰の一般財産は、前記財産譲渡の結果かなりの程度において減少を見たものと一応認めざるを得ないであろう。しかしながら、前掲甲第五号証、同第一一号証の一及び二、乙第九号証の一ないし七、記載の方式及び趣旨により成立を推認することができる乙第七号証の一及び三、並びに証人大島久太郎の証言によれば、債務者会社は、その履行引受又は重畳的債務引受にかかる前記各約束手形金債務を昭和二九年四月二一日までに完済したのみならず、前記未払代金一一七、九九九円の大部分である金一一七、九九〇円については、兵庫罐詰の請求し得べき債権として同年三月一二日国税滞納処分の差押を受けた結果、同会社に代り債務者会社が同年四月一五日右差押の解除を得るため前記差押額と同額の国税を納入したことにより、それだけ兵庫罐詰の税金債務を消滅させたことが疎明され、かつ、既に認定した諸般の事実関係を綜合すれば、右税金の立替払も兵庫罐詰に対する関係では財産譲受の対価としてなされたものと一応推認すべきであるから、長い眼で見れば、兵庫罐詰の一般財産は、その総額においてほとんど減少がなかつたと考えて大過あるまい。

(ロ)  昭和二九年二月二七日における売掛金債権の譲渡について。

右譲渡の対象となつた売掛金債権額が別紙(二)B欄記載のとおり金一、〇九七、四七〇円六三銭であつたこと、同年月日に兵庫罐詰から債務者会社に対し、別紙(三)B欄記載のとおり現金九、七〇五円三九銭、当座預金債権金二三、三一七円五四銭、並びに、別途預金債権金二二四、九七六円が譲渡されたことは、いずれも当事者間に争がなく、以上の総額を算出すると金一、三五五、四六九円五六銭になる。そして、前掲甲第五号証、同第一一号証の一及び二、乙第七号証の一、成立につき争のない乙第六号証の一及び五記載の方式及び趣旨により成立を一応推認し得る乙第七号証の四及び五、証人大島久太郎の証言、並びに、債務者会社代表者水島敏正本人尋問の結果を綜合すれば、右譲渡の見返りとしては、前記売掛金債権だけに対応するものか、その余の現金や預金債権にも対応するものかは必ずしも判断とせぬが、少くとも兵庫罐詰が従前から川勝製罐株式会社に対して負担していた買掛金債務金一、四九一、五八一円二〇銭の支払を債務者会社においてなす旨約定されたことは、一応確実であると思われる。しかし、この場合にあつても、兵庫罐詰が従前の買掛金債務を免れることを取引先の川勝製罐株式会社において承認することにより、純粋な意味での債務引受がなされたかどうかという点になると、債務者代表者本人の供述中にはこれを肯認するかのような部分もなくはないが、甚だ不明確であつて、やはり右買掛金の支払に関しては、単なる履行引受契約かせいぜい重畳的債務引受が行われたにすぎないと認めるのが相当であろう。ところが、前掲乙第七号証の一及び五、証人大島久太郎の証言、並びに、債務者会社代表者本人尋問の結果によれば、債務者会社は、その後昭和二九年三月三一日、現実には右履行引受又は重畳的債務引受にかかる買掛金債務を完済したことが疎明されるのであるから、結局において兵庫罐詰は、右買掛金債務を免れ得たことになつて、その一般財産に減少がなかつたものといわなければならない。

(ハ)  昭和二九年二月二七日における債権者のいわゆる前払金債権の譲渡について。

前掲乙第九号証の五ないし七、方式及び趣旨により一応成立を推認し得る同号証の八及び九、証人大島久太郎の証言により成立が疎明される同第一一号証、同証人の証言、並びに、債務者会社代表者水島敏正本人尋問の結果によれば、兵庫罐詰と弘前市内に住居を有し、「福美リンゴ加工場」を経営している福士明との間には、右譲渡の行われた同年月日より以前から継続的に売買取引が行われていたことが一応認められる。そして、兵庫罐詰、債務者会社間の同年月日における譲渡の対象となつたのが、債権者の主張するように金四、〇六〇、〇〇〇円の前払金債権であるのが、債務者の主張するように売買契約に基く同代金額相当のリンゴボイル製品の引渡請求権であるのかは、必ずしも証拠上判然としないが、右譲渡の結果兵庫罐詰の一般財産から同金額相当の福士明に対する債権が逸出したことだけは、否定し得ぬところである。問題は、債務者会社から兵庫罐詰に対しいかなる右譲渡の反対給付がなされたかであるが、この点に関しては、前掲甲第五号証、乙第七号証の一及び三、同第九号証の一、成立につき当事者間に争のない乙第八号証、記載の方式及び趣旨により成立を一応推認し得る乙第九号証の八ないし一〇、証人大島久太郎の証言、並びに、債務者会社代表者本人尋問の結果を綜合すると、兵庫罐詰が福士明に対し負担している金四、〇六〇、〇〇〇円の買掛金債務の弁済を債務者会社においてなす旨の約定が右両会社間に成立し、かつ、この旨を福士明に通知したことが一応明らかである。ところが、さらに進んで兵庫罐詰の買掛金債務が債務者会社に移転してしまうことを売主の福士明において承認したかどうかの点になると、これをも肯認する証拠としては債務者会社代表者本人の供述以外にないが、右供述は、甚だしく明瞭を欠いているので、やはり右買受金の支払に関しては、単なる履行引受か重畳的債務引受が行われたにすぎぬと考えるの外はあるまい。しかし、前掲乙第七号証の一及び三、同第八号証、同第九号証の八ないし一〇、証人大島久太郎の証言、並びに、債務者会社代表者本人尋問の結果によると、この場合においても債務者会社は、右履行引受又は重量的債務引受にかかる買掛金債務を手形支払の形で昭和二九年九月一〇日頃までに完済したことが疎明されるのであるから、さきに一旦減少した兵庫罐詰の一般財産は、結局右完済により旧に復したと認むべきであろう。

(三)  それでは、以上(一)及び(二)に記述したところの事実関係に照らし、債権者の主張する詐害行為取消権の成立を理論上認めるのが正当であろうか。

そもそも詐害行為取消権が成立するためには、容観的要件として、債務者がある法律行為によつてその責任財産を減少させ、一般債権の完済を不能又は困難にしたことを必要とする。そのことは、民法第四二四条の取消権については異論のないところであるが、国税徴収法第一五条の取消権についても特に右と解釈を異にすべきいわれはない。しかるところ、兵庫罐詰は、債権者が詐害行為であると主張している財産譲渡をまつまでもなく、その以前から責任財産のすべてをあげても一般債権を完済し得ぬ無資力の状態にあつたし、現在もやはりそうであることは、前示(一)において詳述した諸般の事情からしてもとより否定しがたいところであり、しかも、右譲渡の結果同会社の積極財産が大幅に減少したにもかかわらず、さしあたりその対価としては、債務者会社から譲渡代金のごとく一部が直ちに支払われた外、残代金の大部分については兵庫罐詰の債務の履行引受又は重畳的債務引受がなされたにとどまり、取引先との関係では同会社の債務が少しも減少しなかつたわけであるから、判断の標準時点を右財産譲渡の行われた当時におく限り、この財産譲渡は、一応客観的に詐害行為としての要件を具備していたものといわざるを得ない。しかしながら、元来詐害行為取消権が成立するための客観的要件は、当該行為当時において具備しているのみならず、取消権行使の時、正確には詐害行為取消請求訴訟の事実審の口頭弁論終結の時においても具備していることが必要であると解すべきところ、債務者会社は、右財産譲渡後前示履行引受又は債務引受にかかる諸債務を完済し、さらに、兵庫罐詰の納入すべき税金を一部立替払することにより、同会社の債務を消滅させるという形で譲受財産に相当する額の反対給付を現実に行つた結果、一旦減少したところの兵庫罐詰の一般財産は、総額において旧に復したものといえるから、本件の事案において同会社(債務者)及び債務者会社(受益者)の悪意という詐害行為取消権の主観的要件が具備しているかどうかにかかわりなく、債権者の詐害行為取消権がもはや存在しないという結論は、これを動かすことができないであろう。

もつとも、前述の事実関係によれば、本件の債権者国が兵庫罐詰に対し有している債権は、租税債権については国税徴収法第二条第一項により、公団罐詰払下代金については民法第三一一条第六号、第三二二条により、他の一般債権に優先する地位を与えられているにもかかわらず、結果的には債務者会社から支払を得た各取引先が本件債権者を出し抜いて優先弁済を得た形になつていることは、これを否定することができない。しかしながら、いわゆる債権者平等の原則も優先的債権者の存在も、共に債務者の意思に基く一部の債権者、ことに劣後的債権者に対する弁済を当然には制限するものでなく、多数債権者に対する比例的平等弁済又は法律の予想する優先弁済を強制的に実現することは、破産手続により、既往の詐害的弁済等に対しては破産法第七二条第二号ないし第四号の要件を充たす場合に限り否認権の行使をもつて現有財団の増加を図つた上、これをなすの外はないのであるから、前示の事情は、本件において債権者の詐害行為取消権の存在を肯認する事由たり得ぬものと解すべきである。

(四)  債権者は、債務者会社が兵庫罐詰の債務の履行を一部引受けたのは、設立早々の債務者会社において兵庫罐詰の従前の取引先を引き継ぎ確保しようとの意図に基くものであつて、その証拠に右履行引受にかかる債務は、いずれも債務者の営業維持に必要な兵庫罐詰の旧取引先に対するものに限られている次第であるから、かかる債務の履行引受を見返りとしてなされた兵庫罐詰、債務者会社間の財産譲渡は、債権者に対する関係では滞納処分及び強制執行免脱の意図をもつてなされたものとして、強度の詐害性を有すると主張する。そして、前に(一)及び(二)において詳述した諸般の事実からすれば、右財産譲渡の際における兵庫罐詰及び債務者会社の理事者達の主観的意図の中には、右債権者主張どおりの気持が少からず含まれていたと推認することも、あながち不当とはいえないであろう。しかしながら、債権者の右主張が本件の事案において詐害行為取消権成立の主観的要件たる両会社の悪意を裏付ける事情を指摘するにとどまらず、かような事実関係がある以上右取消権の客観的要件も充足されているという趣旨であるならば、それは、甚しく非論理的と評せざるを得ない。けだし、詐害行為取消権の成立に必要な客観的要件とは、前述のとおり、債務者がある法律行為によつてその責任財産を減少させ、一般債権の完済を不能又は困難にしたことを意味し、それ以上の何物でもないと解される限り、当該行為に際しての債務者及び受益者の主観的意図がどのようなものであつたかは、右客観的要件が充足されているかどうかを判断するについて直接必要な事柄とは考えられないからである。従来の裁判例の中には、一部の債権者に対しこれと共謀の上他の債権者を害する意図をもつてなした弁済は、債務の内容にしたがつたものでも詐害行為になるとするものもあるが(大審院大正五年一一月二二日判決・民録二、二八一頁等)、右に説示した理由により到底正当な見解とは考えられない。

(五)  以上要するに、債権者の主張する詐害行為取消権は、これを認めるに由がないものである。

三  結論

してみれば、右詐害行為取消権の存在を前提として債権者が主張している本件の被保全権利は、これを認めることができないから、その余の争点に対する判断をまつまでもなく、債権者の仮差押命令申請は、失当であることに帰着する。

よつて、債権者のため金二、〇〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として、当裁判所がさきに債権者の右申請を認容してなした仮差押決定の取消を宣言し、同申請を棄却することとし、なお、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸根住夫)

別紙(一)滞納税額明細表〈省略〉

別紙(二)兵庫罐詰の債務者会社に対する財産譲渡明細表 第一(詐害行為として取消を求める部分)〈省略〉

別紙(三)兵庫罐詰の債務者会社に対する財産譲渡明細表 第二(詐害行為として取消を求めない部分)〈省略〉

別紙(四)被保全権利の額の内訳〈省略〉

別紙(五)兵庫罐詰の買掛先あて振出手形明細表〈省略〉

別紙(六)兵庫罐詰の福士明に対する支払手形一覧表〈省略〉

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